豚戦争
一頭の豚が畑を荒らしたことをきっかけに、米英が軍を集結させるまで発展した国境紛争。死者はゼロ。
- 発生年
- 1859年
- 場所
- サンフアン諸島(米・英国境紛争地)
- 分野
- 軍事の珍事件
何が起きたのか
1846年のオレゴン条約は国境線を曖昧に定めており、サンフアン諸島の帰属を巡って米英双方が領有権を主張していた。1859年、島に入植していたアメリカ人が、英ハドソン湾会社の豚が自分の畑のジャガイモを荒らしているのを見つけて射殺。これに端を発し、アメリカ側は軍を集結させ、最終的に461人・大砲14門の米軍に対し、英海軍は軍艦5隻・大砲70門・兵員2140人という大艦隊で対峙した。しかし英海軍提督ロバート・ベインズは「豚一頭を巡る揉め事で二大国が戦争するなど馬鹿げている」として交戦を拒否。両国は交渉により、正式な取り決めができるまで各国100人以下の駐留に制限することで合意した。最終的に1872年、ドイツ皇帝ヴィルヘルム1世を仲裁者とする国際委員会がサンフアン諸島をアメリカ領と裁定し、13年越しの紛争は解決した。人的犠牲は、射殺された豚一頭のみだった。
豆知識
「戦争」と呼ばれながら人間の死者はゼロ。犠牲になったのは畑を荒らした豚一頭だけだった。